ロサンゼルス発・最新観光ニュース

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 【★Mr. KBのアメリカンスポーツ

Congratulations !!(Mr KBこと盆子原浩二)
2008年07月26日
 
あと13日で、いよいよ4年に一度のお祭り「オリンピック」の開幕である。

先日、大相撲の巡業がロサンゼルス市内中心部にあるスポーツアリーナで開催された。入場時間より隋分と早く着いたので、あたりを歩きながら、久しぶりにあの巨大な造りのコロシアムをのぞいてみた。ロサンゼルスにプロのフットボールチームがあったころは活気があったものの、今はUSCのフットボールのためだけにあるようで、いささか寂しい。ロサンゼルスは、ご存知のようにアテネと並び、オリンピックが2度開催されたところでもあり、ここはその重責をしっかりと担った表舞台である。

1984年のロサンゼルス・オリンピックは、7月28日より8月12日まで開催された。スモッグ対策と交通渋滞緩和のために、一日10時間働くことで週3日休むところも現れた。たしかに、今のガソリン代高騰のお陰でフリーウエーが空いているのに似て、心配された渋滞もなかったように記憶する。

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七夕の願い(Mr KBこと盆子原浩二)
2008年07月13日
 
七夕の願い事は、いつものごとく「今年こそはDODGERS優勝!!」。
20年間優勝から遠ざかるということは、アメリカの法律に厳格に従うとすると、勝利の美酒を味わったドジャースファンは41歳以上、地元のライバルANGELSは27歳以上、ちなみにCUBSのファンは121歳以上となるはずである。
 
そんなことを思いながら迎えた七夕の夜、ドジャースタジアムでは、一年に一度ではなく、あわやの大記録が達成されるところであった。黒田投手の快投である。ほぼ完全に試合をコントロールした。「腐っても鯛」と言っては失礼に当たるのか、その帝国は崩壊しつつあるものの、名将コックス監督以下、相変わらずの強さを誇るブレーブスとの対戦は、天の川を見るには程遠い明るさの中で始まった。

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OH! NO!(Mr KBこと盆子原浩二)
2008年07月03日
 
“UNBELIEVABLE!!!”
このゲームが終わるやいなや、ドジャースの名物アナウンサーのヴィン・スカリーが叫んだ。
1950年からドジャースの試合を、それこそ信じられないくらいの数のゲームを見てきた男の、一言である。

123 456 789 R   H  E
ANGELS  000 000 000 0  5  2
DODGERS 000 010 00X 1  0  2

ドジャースは、伝統的に打力よりもどちらかといえば投手力の優るチームと言われている。60年代に大活躍したコーファックス、ドライスデール両投手が投げると、1点か2点取れば勝ったものだそうだ。その印象が強烈なのかどうか。

今年のドジャースは、1996年から12年間でヤンキースを4度のワールドチャンピオンに導いた名将ジョー・トーレを監督に迎え、昨年から出てきた若手のマーティン、ケンプ、ローニー、イーティアーらに加え、ベテランのケント、ガルシアパラ、ファーカル、ピエアーに新加入のジョーンズ、ベネットで打線は充実、それにペニー、ロウ、ビリングスリー、クロダ、ロアイザの先発投手陣に、セットアップのブロクストン、抑えのサイトウと、20年ぶりの優勝も夢ではないのでは、とファンにほのかな夢を抱かせたものである。

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暑い夏(Mr KBこと盆子原浩二)
2008年06月19日
 
こんにちは、Mr KBこと盆子原浩二です。

夏の甲子園大会の地区予選が、14日の沖縄大会をかわきりに始まった。全国55の地区代表をめざしての熱戦である。母校の名前を新聞やネットで確認しながら一喜一憂する。あの暑さは、プレーする方も応援する方もいつまでもいつまでも忘れない。

この季節になると、どうしてもこの人の名前とプレーぶりが、鮮明によみがえってくる。その名は、スティーヴ・サックス(1769試合出場、1949安打、54本塁打、550打点、444盗塁、1982年新人王)。カリフォルニアの州都サクラメント生まれのサックスが、ドジャースの一軍に上がってきたのは、81年のワールドチャンピオンの年であった。

ドジャースタジアムの地下道に掲げてある写真に写るサックスの何と若いこと、21才である。82年、ドジャースは、黄金の内野カルテットといわれたスティーヴ・ガーヴィー一塁手、デイビー・ロープス二塁手、ロン・セイ三塁手、ビル・ラッセル遊撃手の中で、キャップテンも務めたロープスを放出し、サックスに二塁を任せるという賭けに出た。

サックスは、その期待に見事応え、ナショナルリーグ新人王を獲得し、レギュラーポジションを不動のものとした。そして、その人気と活躍ぶりは、ドジャースで88年まで続き、ファンの目ににしっかりと焼きつけられたのである。何といってもサックスの魅力は、全力疾走とそのさわやかさであった。しかしながら、俊足を活かすために、フライを打ち上げると罰金を取られたり、守備では二塁から一塁への送球すらままならないこともあり、一年間に30個のエラーを記録したり、サヨナラホームランを打って、三塁ベースコーチとハイタッチをしたのはいいものの、そのコーチの手にダメージを与えていた、そう骨折させていたのだ。いろいろな事があった、でも、このヤンチャ坊主を誰も憎めない。81年の登場以来、ファンはサックスの成長を温かく見守り、サックスもファンの期待に応え、一流選手へと育っていった。

ドジャースがワールドチャンピオンになったのは、88年が最後だが、その年のオフにドジャースは選択を迫られる。サックスと契約をするべきか、マイク・マーシャル外野手兼一塁手と契約するべきか?ドジャースが選んだのはマーシャルであり、そしてサックスはヤンキースへと出て行った。それ以降、ドジャースはトップバッターに苦しむのである。バトラー、ランドルフ、ドゥシールズ、ヤングといろいろな選手たちが頑張ったはずだが、サックスほどでは、正直なかった。賭けに負けたのか。ドジャースは20年間チャンピオンの座から遠のいている。

たしかに、プロらしくない無駄な動きは必要ない、と考える人もいることだろう。しかし、あの全力疾走がもう一度見てみたい。夏の太陽は眩しいが、選手の全力疾走はもっと眩しいのも事実である。

サックスふたたび!!

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Mr KBこと盆子原浩二

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抑えはつらいよ(Mr KBこと盆子原浩二)
2008年06月06日
 
6月5日は、ドジャースの抑えの切り札斉藤隆投手のBOBBLEHEAD DOLLを来場者にくばるプロモーションの日であった。コレクターもいると言われる人気のプロモーションで、昨日も木曜日でさらに地元バスケットボールの人気チーム、レーカースの決勝第1戦があったにもにもかかわらず、44,988人が集まった。対戦チームも30球団のなかで現在最も好調なシカゴカブスでソリアーノ、リーそしてご存知FUKUDOMEと、相手にとって不足は無い。試合は、先発ビリングスリーが小刻みに点を取られて0-4とリードされたものの、近頃の貧打線のドジャースがウソのように意地を出し8回裏には同点とした。9回表からいよいよ本日の主役、背番号44斉藤の登場である。調子は良さそうに見えたのだが、二塁打とデッドボールで一死1、2塁のピンチをまねき、迎えるバッターはFUKUDOMEである。一球目から六球目まで150キロを超す速球でストライク、ストライク、ボール、ボール、ファール、ファールと押さえ込んでいたが、運命の七球目は140キロの「バックドア スライダー」が真ん中にきた。さすがFUKUDOMEはのがさず、一、二塁間の決勝タイムリーヒットとなり、カブスに勝利をもたらした。「切りかえていくしかない」との試合後談はあるものの、主役斉藤にとっては悔やんでも悔やみきれない、しかしいつもと少し違う思い出深い試合となったのかもしれない。

この試合を見て想い出した。1988年のことであるから、今から20年も前のことである。

10月15日、ドジャース対アスレチックスのワールドシリーズ第1戦がドジャースタジアムで行われた。圧倒的優勢をほこるアスレチックスと、けが人続出で前評判の悪いドジャースとの対決は、戦前の予想どおりアスレチックスが4-3と9回の表までリードしていた。そして、その裏からは当時メジャーを代表するクローザー、背番号43デニス・エカースリー(通算 197勝 390セーブ 殿堂入り)が登板し、誰もが第1戦はアスレチックスのものと思ったものである。ところが、二死から代打デービスが四球で出塁すると、当日の試合にはとても出場が無理だと言われたカーク・ギブソン(1988年MVP)が代打で登場、55,985人の驚きの声が球場からわき起こった。エカースリーは、脚の故障をおして打席に立ったギブソンを速球で責めに責めた。何しろ走れないのである。ところが、ボールに当てるのが精一杯と思われるギブソンへの七球目はなんと「バックドア スライダー」で、プレートの真ん中に入っていった。ギブソンのバットがそれを弾き、ボールがライトスタンドで跳ねたとき、この試合はロサンゼルスのスポーツ史上、最も有名かつ印象に残る一戦となり、そしてこのホームランは、この先ずっと色褪せることなく語り継がれていく一打となった。このワンシーンこそ、まさに伝統のハリウッド映画さながらの感動を与え続けているのである。「エカースリーは速球で押してくるが、どこかでスライダーを投げてくる」とのスカウトのリポートが、シリーズ前にあったともいわれている。ボールがスタンドに飛び込むのを追っていくエカースリーの瞳、そしてそれを追うテレビカメラの何と残酷な事か。

抑えはつらい。本当につらい。

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誤審(Mr KBこと盆子原浩二)
2008年05月29日
 
今日5月29日は、大相撲第48代横綱大鵬幸喜の誕生日である。史上最強の横綱と言われる彼に与えられた「巨人、大鵬、玉子焼き」の称号は、本人の好き嫌いに関わらず、当時を象徴するにふさわしいものであった。これまた大横綱の称号にふさわしい双葉山の69連勝を破るべく連勝を続けていた大鵬は、1969年3月場所2日目に平幕の戸田にもろくも押し出されてしまうのである。45連勝で止まり、ファンならずともがっかりしたのをよく覚えている。ところが当時の技術の粋とも言える「ビデオ」と「写真」によってこの勝負が大誤審であることが発覚する。

もっとも伝統にのっとり頭が硬い(?)と思われる相撲協会が、行司と審判員の権威を放棄するがごとく、この技術をたちまち採用してしまったのである。何という決断であろう。

そして昨今、アメリカのプロスポーツの誤審がはなはだしい。MLBの誤審と言えば、先週のサブウェーシリーズのヤンキース対メッツ戦でのデルガド選手のレフトポール直撃の一打である。別の審判が「ホームラン」をコールしたにもかかわらず、これを覆したのがWBCでお馴染みのボブ・デービッドソン。彼から見ると「ファール」だそうである。
NBAの誤審は、レーカース対スパーズ戦の大切なプレーオフ第4戦で起きた。残り数秒、93-91のきわどい戦いの中、レーカースのフィッシャーのプレイは、どう見てもスパーズのバリーに対する「ファール」であった。バリーはフリースローの成功率は95%である。ところが、である。
レーカースのファンとしても複雑だ。

大相撲に遅れること何十年、採用の時はきたのか。

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 【★Mr. KBのアメリカンスポーツ

ブログを始めることになりました。
2008年05月24日
 
エレファントツアーのファンのみなさま、初めまして。
まず私の自己紹介をしましょう。ミスターKBこと盆子原と申します。

アメリカンスポーツの話題にしぼって、どんどん新しい情報を更新して行きたいと思いますのでよろしくお願いします。

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