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 【クロアチアの世界遺産

世界遺産「スプリットの史跡群とディオクレティアヌス宮殿」
2009.02.13
 
2009年2月13日    483日目


ローマ時代の宮殿

しかし今それは街として存在する

迷路のように入り組んだ街として



おはようございます。

蒲団があったかくてよく寝れました。

さてすぐに起床してから日記を書いていましたよ。

何しろ結構ためているし、今日から4日連続で世界遺産に回るとなると。

急いで書かないと終わらない可能性が高いですし。

油断をするとまるまる日記がたまってしまいそうなので。

それを回避するべく、朝から一生懸命日記を書いていました。

このため昨日の日記と前の世界遺産の日記は終了。

これで残っているのはドゥブロヴニクとモスタルの日記分だけ。

この二つがかなり時間がかかりそうですけど。

さて時間がある程度来たので、早速観光するために出発。

まずは朝食を買って歩きながら食べていました。

安くてボリュームがあるので大満足でしたよ。

が歩きながらふと忘れ物を思い出して。

あわてて宿に戻りました。

本日地下宮殿があるのでそういった場合三脚が必要ですから。

15分の道のりを往復しましたさ。

こうしてようやく観光開始。

本日は世界遺産「スプリットの史跡群とディオクレティアヌス宮殿」の観光です。

時は3世紀、この地はローマ帝国が支配しておりました。

その時に帝国の皇帝に君臨していたのはディオクレティアヌス帝。

彼はローマ帝国の中でも唯一の自分でローマ皇帝の地位を譲った人物。

そんな彼が次の人に皇帝をまかせ自分はこのスプリットに宮殿を建て余生を過ごした場所なのです。

しかし彼が亡くなった後は次第に廃墟となり。

その廃墟には9世紀ごろにここに市民が住みつくようになります。

こうして長年人が住み続けることによって宮殿は街と同化しはじめたのです。

そして近年の第二次世界大戦やクロアチア独立戦争により遺跡は壊滅的な破壊を強いられます。

その戦争が終わった後は次第にスプリットの街も復興して行きましたが。

まだまだ多くの遺跡が修復を待つ状態となっているのです。

しかし、それでもローマ時代の遺跡を色濃く残すスプリットのディオクレティアヌス宮殿はアドリア海沿岸における最大のローマ遺跡として、またその後の長い間におけるさまざまな建築様式で建てられた建物が残る場所として世界遺産に登録されたのです。

早速スプリットの旧市街に近づいてみると真っ先に目に入るのが巨大な城壁です。

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城壁というかお店と城壁が既に入り混じっている感じがあるのですが。

よくよく見るとそこには城壁が存在する感じです。

ほんとに街と宮殿が融合しているというのを始めてみました。

これこそ長年の歴史がなせる技なのでしょうか。

そして城壁の目の前には深い青のアドリア海が。

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城壁としても素晴らしいし景色も素晴らしいし。

今まで知らなかっただけにちょっと感動です。

さて早速海側の門から中に、、、、っていきなり地下空間のような場所に出ます。

そこは商店が並びまるで地下という印象がありませんが。

このスプリットの街の南側は実は街自体が2重に出来ているのですよね。

地下空間と上部部分で。

ただ地下と言っても半分ぐらい下にあるという感じですが。

そしてこのまま地下宮殿の観光です。

この地下の空間はかなり広いものがあって。

早速中に入ってみるとその空間の巨大さに驚かれます。

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当時は重力の軽減のために地下の空間と全く同じ構造が上部にあったとされており。

その上部が皇帝の宮殿として使われたみたいです。

地下は宮殿の装置に使われたりワインセラーなどに使用されていた模様。

要するに現在の構造は当時の宮殿の構造と全く一緒だってこと。

でも結構迷宮みたいになっていますけど。

地下だから日の光がないために少しでも方角を失うといったい自分がどこにいるかわからなくなりそうで。

細い通路や巨大な教会みたいな跡などがあり、その空間は多種多様になっています。

本当は巨大な教会跡みたいな場所は実際には最初教会でなかったと思いますが。

何しろローマ帝国がキリスト教を国教に定めたのってだいぶ末期になってからですからね。

きっと王の玉座があったのかもしれません。

それにしてもこの地下宮殿は真ん中から西側はほとんどきれいに残っており。

空間の大きさや天井の高さなど鮮明に残されているのですが。

東側はほとんど崩壊しており、場所によってはもう外になっているのです。

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地下宮殿なのに外の青い空が見えている状態に。

千数百年もの間存在するので崩壊もしょうがないのかもしれません。

それにしてもこの空間がローマ時代からあったなんて信じられません。

ローマ帝国の技術力というのもすごいものがあったのですね。

トルコのイスタンブールにも同じような地下宮殿がありましたっけ

イスタンブールのは水をためるための空間でしたけど。

さてこの地下空間の観光が終了して城壁の内部に上がるとそこには小さな広場があり、その東側には巨大な教会が。

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この教会がこのスプリットで最大の目玉。

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もともとは皇帝の霊廟として使われていたみたいですが。

その後、キリスト教の教会として改造されて。

13世紀にはその教会の目の前に巨大な塔が建てられるようになったのです。

この塔がスプリットの町のシンボルのようなものなのですよね。

しかも塔の装飾が細かい。

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外から見ていてもその作りにはきれいだと思ってしまうほど。

石もしっかり組み上げられており、ほんとにスプリットの象徴になっていますよ。

しかも塔に登れるようになっており。

早速登ってみることに。

階段はかなり狭く人一人しか登れないようになっています。

ある程度まで登ってくると塔の中には時を告げる鐘が設置されているのがわかり。

さらにその上に登れるようになっていますが、塔は基礎部分以外は橋で支えられており。

周りの風景が既に見える状態で。

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登るにもかなりの怖さがあります。

ようやく登り切るとそこはアドリア海の青い海と中世の街を示すレンガ色の屋根に囲まれた風景が。

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ここから見るとどこまでが宮殿なのかという境目が全く見えないのですが。

宮殿と街が一体化しているように見えますね。

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遠くには雪山も見えて、昔もこんな景色だったのかなと眺めているのがうれしいのですが。

それにしても寒すぎる。

塔の上なのでひっきりなしに風が吹いてしまい。

1分もたたないうちに手がかじかみ。

数分後には全く入れない状態になったので、すごすごと撤収しましたよ。

もう少し見ていたかったのに。

さてそのあとは大聖堂を見てきました。

内部は撮影禁止だったのでお見せできることができないのですが。

構造自体は集中式と言って丸い形をしています。

そのうち入口以外の三方向に彫刻が置かれており。

キリストを抱えるマリア像などが安置されているのです。

またドームを支える柱などにも細かい彫刻が施されており。

まさしく当時の技術力を示すものでした。

これにはほんとにあまりにも緻密な彫刻だったのでびっくりしましたよ。

さてその後は洗礼堂に向かいましたが。

開いておらず。

、、、、無休のはずなのになんで開いてないんだよ。。

結局最後まで内部は見れませんでした。

このためその後は宮殿内をうろついていました。

ほとんどが狭い通路に数階建ての建物がそびえており。

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光がほとんど射さない状態になっています。

まあ、それが昔ながらの風景というものですが。

宮殿と言うわりにはあまりにも住民の生活感とかあってびっくりです。

洗濯ものとか干してあるし。

しかも道が複雑で結構迷いそう。

最初来た時はこの地下部分もあるから立体的な迷路のようで完全に迷ったかと思いましたよ。

まあ、それを迷いながら観光するのがいいのですがね。

こうしてさまよっている時に地下宮殿の崩落した場所にたどり着き。

その上は視界が開けていて大聖堂がきれいに見える場所に遭遇。

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この風景はとてもきれいで、教会の塔の高さを実感できる場所ですね。

この場所からは何時間でもこの風景を楽しめそうです。

そして今度は城壁を外側から一周してみると西の門の上に時計台があることが判明。

この時計も少々かわっているというか太陽をモチーフにしている感じの時計で。

これが長年この場所で時を告げていたのですね。

ここからも視界が開けていて街の様子や城壁が街と一体化している様子が見れますよ。

そして最後に近くにあるマルヤンの丘に登ってきました。

ここからは上からスプリットの街が見えるために。

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アドリア海のそばにある宮殿だということが上から見れば一目瞭然。

青い海にレンガ色の街並みというものは色彩的にほんとに合いますよね。

見ていて心が和むといいますか。

気持ちよくなってくるといいましょうか。

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昔の人もそれがわかっていたのかもしれません。

こうして観光は終了。

以外に宮殿は小さいので、普通に観光するなら2時間程度で終わりそうです。

私は5時間もかかりましたけど。

そしてそのまま宿に戻って。

ネットや日記などを書いていました。

まあ、ネットがつながっているので日記の進みは遅いですが。

夕食の時間になって食事を買出しに行って。



スプリットへのアクセス
クロアチア・ザグレブやドゥブロヴニクからバスが頻発している。
スプリットのバスターミナルの目の前には宮殿が存在する。
なおイタリアから船の便も存在する。



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