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 【[雑学]ヨーロッパ

世界遺産雑学87--一人の男が叶えた夢--
2000.12.30
 
世界遺産雑学87

--一人の男が叶えた夢--

ある夢を見た一人の男がいた
それは母国ポーランドに捧げる夢
その夢こそ「理想の都市を造ること」
彼は祖国にイタリアを造ろうとしたのである


ザモシチの旧市街  ポーランド

ポーランド南東の田舎町、ザモシチ。
人口わずかに7万人。
広さは24万m2。
例えると東京ドーム5つ分の広さしかない。
しかし、こんな街に世界遺産が存在する。
それはザモシチ出身の男が夢を実現させた証である。

時は16世紀。
このとき、ある貴族に一人の男が誕生した。
彼の名は「ヤン・ザモイスキ」
ザモイスキはポーランドに育ち、19歳の時にイタリア留学を果たす。
そこで彼を待っていたのは壮大にして優美なルネサンス様式であった。
彼は一瞬にしてルネサンスの虜になる。
そして一つの夢を描く。
「いつかきっとポーランドにルネサンスの街を造ろう」と。

そしてその夢が実現するときがやってくる。
ザモイスキが40歳の時。
彼はこのときザモイスキ家の領主までになっていた。
そしてこの領地にルネサンスの街を作り上げることを決意。
イタリアの建築家、ベルナルド・モランドをポーランドに呼び建設を開始したのである。
こうして市役所、大聖堂、大学などを次々と建設。
彼らはルネサンスを継承しつつ、マニエリスム様式やバロック様式などを融合した建物を建てたのであった。
しかも、驚くべきことはこの工期。
着工からわずか9年という短い工期での完成となったのである。
こうして、ザモシチには男の夢の街が実現されたのであった。
この街の名前、ザモシチとは領主「ザモイスキ」の名からとられているのである。

夢の街ザモシチ
じつはこの街はここから不幸と奇蹟が起こる街でもあった。
それは大国に囲まれた土地柄。

みなさんはポーランドの歴史を知っているだろうか?
ポーランドの歴史は侵略の歴史。
ポーランドとは東をロシア、西をドイツ、南をオーストリアといずれも大国に囲まれた国であった。
いずれの大国も領土を拡げるために躍起になっていた。
このため侵略の対象となったのである。
ポーランド王国は分割や第一次世界大戦、第二次世界大戦で戦争の激戦区となったのであった。

もちろん、ザモシチも例外では無かった。
ポーランド分割の際にはオーストリア領に、その後ロシアが侵攻しロシア領に。
第二次世界大戦ではドイツに占領されるという激動の歴史があった。
もちろん第二次世界大戦中、近くの広場では8000人もの住民が処刑された事実もある。
しかし、ザモシチの街はこんな激しく支配者が変わる中では奇蹟と呼ばれる場所でもあった。
それは、一切の破壊を免れたこと。
こうしてザモシチは創建当初からの街の風景を変えることなく現在に残っているのである。


ザモシチの旧市街は東ヨーロッパ初のルネサンス都市であり、その後の東ヨーロッパにおいて都市建築の模範となったため1992年世界遺産に登録された。
一人の男の夢と数々の戦争から破壊を免れた理想の都市であったのである。



かっこいいですね。
一人の男の夢が世界遺産を作り上げるなんて。
それにしてもポーランドって歴史を学ぶと侵略の歴史なんです。
それでも破壊を免れた。
ちょっと疑うような街ですね!!