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 【[雑学]アジア

世界遺産雑学95--皇帝の涙の結晶--
2000.12.30
 
世界遺産雑学95

--皇帝の涙の結晶--

白亜の霊廟
この場所には皇帝と愛した女性が眠っている。
世界でもっとも美しいとされた建造物
ここは深い愛の結晶


タージマハル  インド

北インド、ウッタル・プラデシュ州
ここに世界でもっとも美しく左右対称の建築、タージマハルがある。
ほとんどを白い大理石で造られ、今もその白亜の色が人々を驚嘆し続ける。
高さ、幅、奥行き、すべては65mに整えられた建物。
すべては一人の皇帝が愛した妃のためだけに造られたのである。


ムガル帝国
16世紀にインドを支配した帝国。
ティムール王国を制圧したイスラム教の帝国である。
第3代アクバル帝の時に最盛期を迎え、ヒンドゥー教との融合により南部まで支配下に置いた。
建国以来330年以上もインドを支配する帝国を築き上げたのであった。
そして、タージマハルは第5代シャー・ジャハーン帝の時に建てられる。

シャー・ジャハーンは皇帝になる前にある女性に一目惚れをする。
バザールで宝石を売る宮廷貴族の女性。
名をムムターズと呼んだ。
彼は女性に結婚を申し込むのである。
そして5年後に二人は結婚。
時にシャー・ジャハーン20歳、ムムターズ17歳であった。
結婚にあたり女性をムムターズ・マハルと呼ぶようになる。
マハルとは宮廷の選ばれし者という意味。
当時の皇帝が息子の結婚を祝って名付けた名前である。

結婚したシャー・ジャハーンはやがてムガル帝国の皇帝となる。
しかし、皇帝になるとムガル帝国の敵と戦わなければならなかった。
が、皇帝は妃に溺愛していたため片時も離れたくなかった。
このため、妃を戦場まで連れて行くようになったのである。
こうして、愛する二人は14人もの子供をもうける。
二人は幸せの絶頂を迎えたのであった。

しかし別れは突然やってきた。
戦争の遠征先でムムターズ・マハルが産褥熱にかかり36歳で亡くなってしまうのである。
皇帝は嘆き悲しんだ。
それは想像以上の悲しみだったと伝えられている。
黒々とした髪が一夜ですべて白髪に変わってしまうほどの衝撃であったのだ。
また、皇帝は妃のために国民に2年間も喪に服させた。
どれだけ皇帝が妃を愛していたかが伺えるのである。

そして、喪が明けた年に皇帝は妃のためのお墓を立て始める。
皇帝は自分のすべてをお墓の建築にそそいだのであった。
こうして、工期は22年。
労働者はおよそ2万人も使用されたのであった。
建築はコーランに伝えられている天上の楽園を再現されている。
ミナレットやドーム。
そして最大の特徴は東西南北どこから見ても左右対称ということ。
すべてはイスラム教の教えに乗っ取って建てられたのであった。

こうしてタージマハルを完成させた皇帝はさらなる野望を持っていた。
それは川に沿って建てられたタージマハルに橋をつなげて対岸に全く同じ建物を建てること。
一つ違うことは白亜の建物に対し、真っ黒の黒大理石を使用してタージマハルを建てようとしてのである。
それは自分のお墓にする予定であった。
また、イスラムの文化にある左右対称も継承した造りであった。
しかし、この計画は実行されることはなかった。
皇帝の息子、アウラングゼーブによって帝位を追われることになったためである。
その後、シャー・ジャハーンはアーグラ城に幽閉される。
そして74歳でその生涯を終えることになる。
帝位を次いだアウラングゼーブは父の計画を実行には移さず、生涯愛し続けた妃の隣りに埋葬することにした。
このため、タージマハルの内部のお墓だけが左右対称では無くなってしまったのであった。


タージマハル、皇帝が愛した証はムガルの伝統的な建築を踏まえそれを絶頂までに高めた廟建築の最高傑作として1983年に世界遺産に登録された。
いまでは2人並んで幸せそうに眠っているのである。




ここはすごい。
なんと言っても廟建築の最高傑作という価値だけの世界遺産。
それだけ、美しい壮大な建物なんです。
それにしても、皇帝が妃に一目惚れした年齢が皇帝15歳、妃が12歳の時。
しかも、結婚してから亡くなるまで19年間で子供が14人。
は~、今では考えられない文化です。