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 【中国の世界遺産

世界遺産「殷墟」
2007.10.10
 
2007年10月10日    67日目


初めて甲骨文字をみた。

ここは中国文明の最初の場所。

そして漢字の源が造られた所。


起きたのは6時。

殷墟に開門の8時につきたくてしかも歩いて1時間ぐらいかかりそうだったから。

準備を含めて2時間前に起きました。

起きてみてがっくり。

本日も雨かよ。

で時間も来たのでさっそく出発。

が、が、朝食を食べる場所が全くない。

昨日行った場所は朝早いためかやっていない。

お店も開いていないので朝食抜きかって思ったけど、進んだ道に売店らしきものがあったのでお菓子のようなものだけど朝食を取ることができました。

とりあえず良かった。

そしてさっそく到着しました。

世界遺産「殷墟」です。

中国最古の王朝「殷」

紀元前1600年から紀元前1000年ごろまで中国で繁栄した王朝であり約30代の王が君臨し続けたのである。

日本では太公望と文王による周が殷を滅ぼす物語が有名である。

その殷の後半ぐらいの都がこの安陽にある殷墟です。

殷は文字を骨に記載することで有名でそのことから文字を甲骨文字と名づけられました。

またこれは中国大陸の言語の源「漢字」の原型でもあり、日本でも大きく影響を与えている場所なのです。

甲骨文字が発見されてから解読され当時の習慣が明確化し、世界史にその名を刻んだ殷墟。

古代の世界を明確にした場所として去年世界遺産に登録されました。

殷墟は現在2ヶ所あり、殷の都と王の陵墓が残されているのです。

といってもここには巨大な建物があるわけではありません。

殷墟とはその名の通り殷の都の跡であるため発掘された土台しか残っていないのです。 

最初に行ったのは王宮跡。

周りには山が一つもなく平らな台地が続く場所。

そこには一本の川が流れており、生活や移動のための立地条件に宮殿は建てられています。

やはり数千年前の宮殿ともなると土台は土で作られていてしかも小さめです。 

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ただしそれが数ヶ所も残っているのでさまざまな施設があったことをうかがわせている。

発掘現場からは大量の人骨や馬車などが発掘されています。

その場所をガラスで保護しているため誰もが発掘された状態を見ることができるのです。

こんなに大量の人骨を見たのはとても久しぶり。

馬車も馬ごと埋められていて馬の骨もしっかり残っています。

当時の生活が鮮明に見えてくるようでした。

それにしても、何かが変だ。

人骨にしてもここの場所は王の陵墓でなく宮殿跡なのです。

宮殿で馬車や人骨が発見されるってどういうこと?

中国語が読めないのがすごく残念です。

これは日本に帰国してから詳しく調べなければ。

王宮跡はそれぞれ柵で囲まれていて入ることはできませんが、ここに建物が建っていたと想像するだけでも歴史に触れている感じがあります。

殷はここに住み歴史を紡いできたのですよ。

それを見ることができただけでもすごく良かった。

予定変更してよかったよ。

そして、その後は殷墟博物館へ。

ここには殷墟から発掘されたさまざまな物が展示されています。

青銅で作った壺とか装飾品とかが飾られているのです。

そこでとうとう見ることができました。

骨に刻まれた甲骨文字です。

おもに亀や牛の骨に書かれており、長年の風化によって読みづらくはありますが甲骨文字を見ることができます。

特にひとつだけ骨が磨かれたままの光沢を示し、そこに十数文字の甲骨文字が彫りこまれている物がありました。 

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鮮明に文字が浮かび上がっています。

これが私たちの使う感じの原型なのですね。

ここから日本までは相当な距離があります。

歴史や文化はこの距離にかかわらず伝わっていくものなのなんだなと思いました。

さすがに感動してしまいましたよ。

歴史に触れたいならぜひここは来てください。

地●の歩き方に乗っていないので不安かもしれませんが全然大丈夫です。

敷地内には甲骨文字数千字が漢字とともに紹介されている場所があります。

自分の名前を探してみようと思ったのですが、私の字って中国語で無い字なので残念ながらありませんでした。

久しいという字はさすがに中国語ではないですよね。。。

でも、大部分の漢字が甲骨文字とともに紹介されているのでたいていの人は自分の名前が甲骨文字で書けるようになります。

それも一つの楽しみです。

ひとつひとつ文字を探してみてはいかがでしょうか。 

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ちなみに写真は私の大学時代の学科の最初の文字です。

さてさて、ここにきて雨も強まってきました。

しかも寒い。

が、気にしないで次の場所に向かうことに。

もう一つの殷墟、王陵群です。

行くには宮殿群の駐車場から無料の電動自動車が通っています。

なんせ5km以上離れていてすごくわかりずらい場所にあるので。

さっそく電動自動車にのり、王陵群に到着しました。

って、見渡す限り何もないんですが。

どうやら殷の王墓は発掘後保存のためにそのまま埋めなおしたようです。

しかし、その規模は周りに木が植えられているので巨大さがわかります。

また、一つだけ発掘したままの陵墓が見ることができるのです。

発掘された陵墓を見て思ったのですが。。。

え、こんなに大きくてこんなに深いの。 

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公開されているのは比較的小さめの陵墓にも関わらずこの大きさと深さは異常です。

殷って数千年前の王国でしかも最初の文明でしょ。

こんなにすごいものが作り出せるんですか。

推定ですが陵墓の一番下は高さ4階の屋上から眺めた高さぐらいあります。

すごい、すごいよ。

中国の歴史の深さを思い知らされました。

歴史は知るだけではなく見ることも必要ですね。

そのすごさがわかるという意味で。

ただ、こちらにはほとんど見どころがありません。

見れるといったら大量の人骨や牛や馬などの骨。 

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陵墓は草木に囲まれていてその中まで入ることができないので。

上から眺めないとその全容が明らかにならない。

上に登れるところが作ってあるのになぜか解放していない。

意味ないじゃん。

それでも歩いて陵墓の大きさを確認。

やはり大きいです。

殷ですらこれほどの権力を持っていたのですね。

中国の歴史習っただけでは見られない部分がここには残っています。

こちらもお勧めですよ。

そして観光は終了。

ここであることに気がついた。

自分が風邪をひいていることに。

さっきまで何ともなかったのに。

おそめの昼食をとり、薬を飲んで睡眠。

起きたらすでに夕食の時間だよ。

夕食をとってから再び薬を飲み。

日記を書いて、寝なければ。

といっても明日は9時に起きても間に合うのでゆっくりと起きたいと思います。

明日は洛陽に移動します。



殷墟アクセス
石家荘-鄭州間の列車に乗り安陽下車
安陽駅からは線路沿いを北(左)に向かい最初の線路をくぐる道を線路を渡り西(左)へ
そこから15分ぐらい直進すると車の走る所に殷墟の案内がある。
それに従っていけば到着する。(見つからない場合は直進して最初の右に曲がる大きな通りを曲がり線路を越えて直進)
全部で徒歩40分ぐらい。
バスの場合は1番18番のバスで五医院下車後西に向かいすぐに北に曲がる道を曲がれば到着。
が、いずれも駅からは出ていない。
もしわからない場合駅から直進した道を進むと車の走行のところに殷墟の進む道が載っているがだいぶ遠周りになる。
殷墟は2ヶ所あり、もう一ヶ所は最初に到着する場所から無料のバスが出ている。





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