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 【インドの世界遺産

世界遺産「インドの山岳鉄道」(1)
2008.01.28
 
2008年1月28日    177日目


植民地時代のインドで生産されたもの

それを運ぶためにどうしても鉄道が必要だった

それこそ断崖絶壁を走る鉄道


ありゃ、また起きられなかった。

日の出を見るのは厳しいですね。

世界遺産だったら確実に見るのですが。

魅力がないとこうやる気が起きない私です。

朝起きてからさっそく朝食。

ここはお腹が膨れるほど食べれてホントうれしいです。

ただ、ダージリンは観光地料金という感じでお金がかかってしまいますが。

でも一日千円超えてないですけどね。

朝食を食べてからはすぐにダージリン駅へ。

本日は確実に運行しているとのことでさっそく列車を眺めに。

これこそ世界遺産「インドの山岳鉄道」の一つ。

ダージリン・ヒマラヤ鉄道です。

ニュージャルパイグリからダージリンを結ぶ約88kmという短い鉄道。

しかし、この区間に高低差が約2kmあるという山の合間を縫って進む鉄道なのです。

そもそもここに過酷な鉄道を建てたのにはある理由がありました。

それはダージリンがヒマラヤ山脈のふもとにありその寒暖差によりよい茶葉が取れたためです。

イギリスはこの茶葉がとても良質なものと判断し貿易の対象としてこの地の茶葉を海外へ輸出。

現在、紅茶のダージリンティーは世界でも有名な紅茶の一つとなっています。

が、イギリスが困ったことは輸送方法。

ダージリンは標高2000m以上もの高地にあり、近くの港に運ぶには断崖絶壁のような山を降りる必要があったのです。

産業革命が起きたイギリスにとって輸送の方法は鉄道でした。

このためイギリスはダージリンと麓のニュージャルパイグリに鉄道を建設。

あまりにもの高低差があったために当時の最新技術を持ってしても2年の月日を必要としたのです。

この建設は山の斜面を縫っていた鉄道のために610mm幅の線路を使用し小さい車両や自動車と一緒でジグザグに進むように作られたのです。

また、ここに鉄道が築かれたもう一つの理由として避暑地という理由がありました。

北に国土を持つイギリス人はインドを支配後、この地の猛暑に耐えられずインドの避暑地を探していました。

その中でも標高2000mを越えるダージリンは避暑地としてうってつけだったのです。

彼らがスムーズに移動するためにも鉄道は重要なものだったのでしょう。

このインドの山岳鉄道は世界の山岳鉄道の先駆けとして、また今でも当時の列車が残されそれが運行されている事実として世界遺産に登録されました。

さてまずはプラットホームに停まっている列車を写真に。 

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ダージリン・ヒマラヤ鉄道は別名トイトレインと呼ばれており、現在ニュージャルパイグリ行きをディーゼル車が、観光用で近くの駅への往復を蒸気機関車が行っております。

しかも一日3便ぐらい。

このため時刻表とにらめっこしないと、走っている列車の姿を見ることができないんですよ。

私も昨日の段階ですごく時刻表と地図をにらめっこしたものです。

朝一番で出発するのはディーゼル車。 

88kmという短い距離ですが何と7時間半かかるのであまり乗る人がいないとか。

私は明日絶対乗ろうと思います。

ディーゼル車がダージリン駅を出発してからすぐに明日の列車の予約。

・・・。。。。

トイトレインは予約できたのですが、その先のパトナ行き列車の取れない。

次に行く列車は何と満員で5人待ちだそうで。

だったら明後日にしてくれと言ったら29人待ちと言われてしまったので明日の便をとりあえず予約。

乗れなかったら悲惨なことになりますが。

0時の段階で宿がないという感じに。。。。

運を天に任せ明日移動しようと思います。

さて、予約が終了したところで次の列車の準備が始まってました。

次は蒸気機関車なのですが、後ろ向きで連結されてますよ。。 

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ふつうは逆でないかと思いですが、ダージリンの列車はこれが正しいようで。

行きは反対向きで引っ張り、帰りにちゃんとした方向で引っ張るみたいです。

今でも蒸気機関は音を立て動き、世紀を越えて動き続ける。 

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現在では部品の調達ができなく、一つ一つの部品を手作りしなければいけないという廃止寸前の路線を世界遺産というカテゴリで保護しているのです。

それを感じただけでもすごく歴史を感じるようで。

ぽっぽーっと音を鳴らす蒸気機関が私を過去へ導いているようでした。

そして出発。

黒い煙を吐き出しながら少しずつ進み。

やがて私を追い越しました。

当時の人々はこの山奥に列車が来ること自体に驚いたでしょう。

さあ、列車が行ってしまってからは一度宿に戻り。 

途中、ダージリンに来たんだからダージリンティーを飲みたいという衝動に駆られて。

ちょっと高級なところでダージリンティーをいただき。 

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香りがすごくいい。

これが世界中で愛されるダージリンで取れる紅茶なのですね。

こういうことができるから旅って幸せなんですよ。

で、その後は次の列車の出発時間に合わせてのんびりしていました。 

午後の便をダージリンの先のグームという駅の手前で写真を撮りたくて。

ここには十数メートルの高低差を登るために一周ぐるっと回る線路が引かれています。

通称ループと呼ばれているみたいです。

列車のマニアにはかなり喜びそうな場所らしい。

さて出発の1時間前を狙って隣駅まで歩き始めました。

歩いて行ったのですが、この線路は道路と平行に。

しかも、商店や家の隣を走っていきます。

場所によっては道路のど真ん中に線路が引かれている場所も。

車と家と鉄道と。

その感覚があまりにも狭く、それを見ただけでびっくりしてしまいます。

ホントに険しい山道に作った鉄道ということを実感します。

さてダージリンから歩いて45分でグームの周辺のループ状に敷かれた線路の場所へ。 

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ここで列車を待っていることとしましょう。

と思ったらすごい霧。

なんも見えないんですが。。。

しかもその中へ列車が到着という感じで。 

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標高2400mぐらいの場所なので霧もあってもおかしくないのですが。

あまりにも霧が濃かったためにショッキング。

でも、列車は蒸気の音を奏でながら進んでいき。

黒い煙や白い煙を立上げながら私の隣を通って行きました。

途中観光客のために一時停車して。

その瞬間をしっかり写真に収めることができました。

ちょっと霧が立ち込めていますがしょうがない。

そしたらすぐに列車は行ってしまって。

私はダージリンに戻りました。

今度は帰ってくるSLの列車を待っているために。

40分待ったところでようやく列車が戻ってきて。

家の横で蒸気を立ち上らせながら進んでいく姿が見ることができました。 

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もうこの姿を百年以上続けているのですね。 

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それだけの鉄道や列車が残っていること事態驚きです。

ダージリンに育つ紅茶がそれだけイギリスにとって重要だったことを示しています。

今回それを肌に感じることができてほんとによかったと思います。

さあ、本日はほんとに疲れた。

何がって、列車は走っているから自動的に私も走って列車を追いかけたため。

疲れたのでその後は宿でゆっくりしていました。

本日2人の日本人が移動したので私ともう一人の日本人だけが残って。

一緒にいろいろ話しました。

そしたら共通の旅の知り合いがいることに気が付き。

やっぱり世界は狭いものですね。

夕食を一緒にして、夜も一緒にしゃべっていました。

私はとうとう明日ダージリンを去るのですごくさみしい。

ここがすごく気に入った場所だから。

でもまだこのダージリン・ヒマラヤ鉄道を一回も乗っていない。

明日はダージリンからニュージャルパイグリまでの約8時間の列車の旅を満喫してから次の都市へと移動しなければ。

しかも夜行列車はいまだにキャンセル待ち。

乗れなかったら最悪な事態になってしまう。

明日が一番つらい時となるでしょう。

さてがんばっていきましょうか。

ではまた明日。


ダージリン・ヒマラヤ鉄道アクセス
コルカタやデーリーからニュージャルパイグリ下車。
ニュージャルパイグリからダージリン・ヒマラヤ鉄道が出ています。
ダージリン駅はニュージャルパイグリから乗合ジープに乗った方が便利。





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