仏教の創始者・ブッダ
ここは彼が生まれた場所
また長年の間忘れ去られた場所
皆が起床してベットから起き上がる声で目覚めた。
朝の6時。
国境の町スノウリからはポカラ、カトマンズ行きのバスに乗るために早起きなのです。
どちらもまだ遠い所にありますから。
私はというと国境の町から27kmぐらい離れたルンビニという場所へ。
どうやらこのツアーの中にはルンビニに行く人がほとんどいないみたい。
皆、旅行会社が用意してくれたバスに続々と乗りこんでいました。
ルンビニは宿で待っていろと言われたのでおとなしく待ち。
先に出発する人達へお別れの挨拶をしていました。
皆が出発してからは両替をすることに。
何しろネパールルピーを持っていないから。
ルンビニで両替するのはほとんど難しいのではと思ったからです。
宿の人に聞いてやっとのことで両替したと思ったら、ルンビニ行きは集合と言われ行ってみると、、、待っていたものがサイクルリクシャ。。
ああ、バスじゃないのね。
しかもルンビニ行きは私ともう一人の欧米人しかいないという事実。
さっそくリクシャに乗って隣町のバイラワというところに出て。
すぐにバスに乗り換え。
バスに人が集まるまで待ってからようやく出発。
バスの中では不覚にも寝てしまいました。
まあ、昨日ほとんど寝れなかったしね。
気がついたらルンビニについていたよ。
あわてて降りて、本日の宿探し。
ルンビニでは宿の情報を仕入れていたんだよね。
向かったのはコリアン・テンプル。
そう、韓国寺です。
このルンビニでは仏教の一大聖地として巡礼に来る人たちを泊めるというシステムがあり。
その中でも韓国寺が一番いいとのうわさがあったのです。
バス停から歩いて、、、近いと思っていたけど意外に遠い。。
汗が滴り落ちるほど歩いてしまいました。
ようやく韓国寺に到着し、ほんとに泊まれるかどうか不安になりながらも中に入って行くと。
何事もなかったかの様に普通に泊まれた。
しかもこれがまた設備がいい。
日本でいう合宿所のような部屋に4人で寝るという場所で。
これなら快適に寝むれそうで安心しました。
こうして荷物を置いて、さっそく観光をすることに。
今回来た場所は世界遺産「仏陀の生誕地ルンビニ」です。
紀元前6世紀。
ここで一人の人がこの世に生を受けました。
妊娠中の釈迦族の王妃が無憂樹に手をかけた瞬間、右腋から赤子が生まれました。
その瞬間地面には突然蓮の花が現れその上に降り立ったと言われます。
天人たちが赤子の誕生を聖水で祝うと赤子は7歩歩き「天上天下唯我独尊」と唱えた。
こうした伝説に包まれた赤子こそ、仏教の創始者「仏陀」なのです。
仏教がインドで繁栄すると、この地は仏陀の生まれた場所として数々の信者が集まったのです。
そして仏教の一大聖地へと生まれ変わりました。
しかし時代は流れ、インドでヒンドゥ教が繁栄すると次第に衰退し、14世紀には一切の歴史書から消えてしまうのです。
こうして人々の記憶からルンビニは忘れ去られてしまいました。
時代は流れすでに仏陀が生まれた場所がどこだかわからなくなってしまった時に一人の考古学者がこのルンビニであるものを見つけました。
アショーカ王の石柱
紀元前2世紀ごろにインドを支配した王で仏教の敬虔な信者であったために仏教の施設に自分の石柱を建てた王。
その石柱にはここが仏陀の生まれた場所だと記載されていたのです。
これにより再びルンビニは注目され、周辺に残る遺跡も発掘されたのです。
そして各国の仏教がここに集結し、ここは再び仏教の一大公園と変貌を遂げました。
仏教の生誕地ルンビニは仏教の四大聖地の一つとして世界遺産に登録されました。
さっそく仏陀が生まれた場所へと移動。
チケットを買ってさっそく中へと入りました。
最初に入った瞬間に何か空気が変わったような。
なぜか宗教の聖地ではそのように感じてしまうのはなぜなのか。
不思議な感じです。
庭園の中を散策していると一本の巨大な木がそびえています。
これこそ菩提樹。
そしてその横には少し大きめの池が配備されているのです。
人々はここに向かい祈り拝んでいます。
世界三大宗教の一つ仏教。
その創始者が生まれた場所。
世界でも有数の聖地であるために祈っている人も真剣です。
私も仏教という宗教を信仰ではないですが、身近に感じながら生きていました。
このルンビニから日本へと仏教はわたって行ったのですね。
歴史、宗教の素晴らしさを実感するようです。
池の隣には少し大きめの建物があり。
その中には仏陀が生まれたとされる場所があります。
建物の中は昔建っていた巨大な建物の礎石が残っており、その中に一つ緑色をした石が。
この緑色の石がある場所こそが仏陀がこの世に降り立った場所とされているのです。
ここで天上天下唯我独尊を唱えたのかと。
まあ、赤ちゃんがそんなこと言えるわけがないのですべては伝説にすぎないのですが。
仏陀はその後数々の苦悩を抱え、ブッダガヤで悟りを開く。
ここからブッダガヤまで相当な距離があるので彼の苦悩は巨大なものだったのではないでしょうか。
さて仏陀が生まれた石がある建物の隣に一本のそびえる塔があります。
これこそアショーカ王の石柱。
この石柱により、ここがルンビニということがわかったのです。
石柱というから装飾がされているのかと思っていたのですが、すごくシンプル。
円柱があるだけなのです。
しかし、その周りには数ヶ所に文字が彫られており、これを解読することによって仏陀の生まれた場所というのがわかったのでしょう。
もしこの石柱がなければ今もルンビニはさびれた廃墟のまま。
ルンビニという名前すら片田舎の名前だけになったのではないでしょうか。
それを考えるとこの石柱が素晴らしいものに見えてきますね。
石柱のほかには過去の仏教遺跡の礎石が大量に残っています。
千年以上前ここはかつてないほど繁栄していた証が今も見て取れます。
現在ではその遺跡はそのままにされており、代わりに木の上にくくりつけた旗が大量に風になびいています。
数千年前から変わることのない風と共に。
それにしても、ルンビニって意外に小さい。
もう少し大きいイメージをしていましたが。
普通の人なら1時間いることは絶対ないでしょう。
15分ぐらいで見終わってしまうので。
ただしルンビニの見どころはほかにもあるのですけどね。
さて時間も過ぎたので一度宿に戻り昼食です。
このコリアンテンプルはすごいことに三食付き。
料金も全く決まっていないという信じられないところで。
食事もバイキング形式でどれだけ食べてもいいという感じ。
しかもコリア系の味付けであるために日本人に合います。
宿泊者がほとんど韓国人で話し相手は全くいませんが。
お腹いっぱい食べることができました。
さて昼食が終了した後はルンビニの周りを見学。
ルンビニは仏陀の生まれた場所と分かってから各国の仏教徒がこぞってこの場所にお寺を建設。
もちろん聖地として都市計画のような巨大な仏教の街を作りあげようとしているのです。
中央には巨大な道が、そして聖園の近くには半円形の巨大な池が。
そして周りには各国の巨大なお寺が建っています。
日本、韓国、中国、タイ、ミャンマー、ネパールなど様々な国がこぞってお寺を建てているのです。
韓国とかはまだ建設途中でしたが、一番高いお寺になる予定だそうです。
このため、午後はそちらを回ることにしました。
もちろん各国の建築様式がそのままあるために、その国に行ったような気分になる。
中国寺は黄色い屋根に真紅の壁。
タイ寺はカラフルな色が使われていて見ていて飽きない。
中には入れない寺院もたくさんありましが。
各国の寺院を見るだけでも相当な時間が必要です。
さて、観光が終了してからは、宿に戻り。
シャワーを浴びました。
シャワーというか、下の蛇口からバケツに水をいれ、それをすくって体を洗うという感じ。
場所によっては温水も出る場所もあるのですが、大量の蚊がいたために断念。
冷たい水でシャワーを浴びることにしました。
昨日はシャワーを浴びることができなかったので、すごくさっぱりしてよかったです。
さてその後は夕食。
昼と同様にボリューム満点。
お腹いっぱいに食べてしまいました。
夕食後はひたすら日記。
だって、昨日書く暇なんてなかったから。
全部終わりませんでしたけどね。
しかもみんな寝るのが早い。
21時には就寝している人もいたよ。
このため私も22時には就寝です。
明日はカトマンズに向かいますので早起きしたいと思います。
ルンビニアクセス
ネパール・カトマンズからはニューバスパークよりバイラワ行きのバスで終点下車。
バイラワのバスパークからは北に1.5km北上して西側に曲がる道にたくさんのバスが止まっているところからルンビニ行きのバスに乗る。
インド国境のスノウリからならバイラワが6kmぐらいしか離れていないためにルンビニまで2時間ぐらいで到着する。
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