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 【[雑学]中南米

世界遺産雑学31--輝ける偉大な島--
2000.12.30
 
世界遺産雑学31

--輝ける偉大な島--

彼らは水平線しか見えない島で何を感じたのか?
そして彼らは人の顔をした巨石を建てはじめた。
クレーンも何もない時代に。
謎ばかり残ったその孤島で。

ラパ・ヌイ国立公園  チリ


ラパ・ヌイ。別名イースター島。
そこには巨石 モアイ像が残る。
倒れたモアイ像が。。

しかし、この巨石文明はつい200年前までは反映していた。
この事実を伝えたのがオランダ人。
大航海時代、初めて訪れた島は航海日誌に島のあちこちに巨大な石像が立っていたと伝えている。
また、オランダ人が上陸した日が復活祭であったため「イースター」と名づけられた。

そして50年後、今度はイギリスのクック船長が訪れた。
が、倒壊した巨大な石像はあったものの特に何もないという航海日誌を残している。
石像はすべて倒壊していたと。。

ではいったい、この50年に何があったのか?
それは権力争い。
もともとこの地には2つの先住民がいた。
長耳族と短耳族である。
長耳族は権力を勝ち取るために巨大な石像を彫り権力を誇示したのである。
しかし、人口増加におこり孤島であるがゆえに食糧難となってしまい
、両部族の争いが激化した。
そして、短耳族が勝ち残ったのである。
このため、長耳族の象徴であったモアイ像をことごとく倒していったのである。

また、それ以上にこの島が世界の不思議と呼ばれるようになる悲しい事件が起こる。
19世紀、ペルーの海賊船がこの島を訪れ住民1000人を捕虜として連行された。
かろうじて連行された15人が再びイースター島に戻れたのだが、島にはなかった天然痘が住民を襲い始めたのである。
最大1万人いた住民が最後には120人まで減ってしまったのである。
こうして、彼らは自分たちの言語・文字が読めなくなってしまった。
先祖が残した島の歴史は今では誰も読む事が出来ない。
過去が失われた瞬間だった。

ラパ・ヌイ。
現地の意味で輝ける偉大な島。
この島は、巨石群が人類の創造的資質を示す傑作であるとともに文化的伝統の例証として1995年世界遺産に登録された。

やはり、悲しい過去はどこにでもあります。
その中でも言葉を失う事が過去が全部消えるようでとても悲しいです。
今となっては石像だけが過去を残しています。