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2011.01.07

 過去記事&コラム集

ラオスの妖怪


シェンクワン県のモンの村で、ある時、ツィー婆ちゃんの話を聞いた。近所の子どもたちも集まってきて、一人暮らしのツィー婆ちゃんを囲む。
「ピーニューワイって見たことある?コンクワイは見たことある?」

これらはモン語では「ダ」と呼ばれる妖怪たちである。婆ちゃんは、「見たことはないけど、コンクワイの声は何度も聞いたよ」と皺の中の目を細めて言う。ラオスで戦争が行われていた頃、ツィー婆ちゃんは国境を越えて、ベトナム側の山奥の村に避難していたが、そこで聞いたそうだ。


「コンクワイはね、脂を火にかけると、その匂いをかぎつけてやってくるんだよ。その時も、豚脂を火にかけたら、コンクワイが来て、コーンクワイ、コーンクワイ、クワイクワイクワイって鳴きながら、家の回りをぐるぐると歩いて回ったよ。私は怖くて家の中でずっと布団をかぶっていたよ。でもね、もしベトナム語を話せる人がいたら、ベトナム語を二言三言話すだけで、コンクワイは逃げるんだよ。コンクワイはベトナム人が怖いんだと・・・」と婆ちゃんは言う。
コンクワイはラオス語ではピー・コンコーイとも呼ばれ、モン族だけではなく、ラオスのあちこちで語られている女の妖怪で、足が逆向きについているという。コンクワイはベトナム人に捕まって米搗き女として働かされていたのだが、逃げる時に捕まらないように、かかととつま先が逆になるように足を逆向きにして、足跡を逆さにつけて逃げたという話である。そんなわけでベトナム人が怖いのだろう。モンの人のことは怖がらないそうだ。ツィー婆ちゃんを取り囲んでいる子どもたちは真剣な顔をして聞いている。
 
「婆ちゃんはベトナム語が話せないから、どうしたの?コンクワイはずっといたの?」
「夜が明けたらいなくなったよ」
と、婆ちゃんが言うと、みんな少しほっとした顔をしている。
 
「ダー・リーニューの鳴き声も聞いたね」
と、婆ちゃんは皺だらけの顔をますますしわくちゃにして言う。
「それ、どんなの?」
 
「ダー・リーニューは鷹のような大きな鳥で頭には角みたいに羽根が生えている。大きな翼でバッサバッサと飛んでくると、ンゴーウウウウって、大きな声で鳴くんだよ。その鳴き声が聞こえると、人が呼ばれて死ぬと言われている。だから、家のそばの木になんか止まって鳴かれたら怖くてたまらない。でもね、その声が聞こえたら、包丁を持って柄をトントン打ちつけて音を出しながら、『チュアニュンブライ、チュアニュコーンジャオ、チュアゴトゥ、チュアゴトゥ・・・(舌を抜いてしまえ。くちばしを抜いてしまえ。抜いてしまえ、抜いてしまえ)』って唱えると、ダー・リーニューはケェッて鳴いて逃げていくんだよ。わたしゃ本当に見たよ。ンゴーウウって鳴いていた鳥が、この呪文を唱えたら、ケェッケェッと鳴いて飛んでいった。民話の中にも、舌を抜かれて鳴けなくなって、それ以来、人を死の世界へとは呼べなくなったっていう話があるよ」と婆ちゃん。
子どもたちは、ケェッという声に大笑いしながらも、婆ちゃんに聞く。
「じゃあ、今は、もうダー・リーニューはケェとしか鳴けないの?」
「そうさ。舌を抜かれてからはケェとしか鳴けないよ。でも、舌が抜けてないのは鳴けるからね、だから呪文を唱えるんだよ」
「ふぅん」
「でもね、コンクワイもダー・リーニューも人が山奥に住んでいた頃の話さ。今みたいに、こんな人がたくさんいる村には出てこないよ」と婆ちゃんは言った。

ヴィエンチャンに比べると、まだ電気も通らない静かな山の村である。それでも、増え続ける人間たちと変化しつつある自然の中、妖怪たちはその影を潜めはじめているようだ。
 

【やすい・きよこ】
1962年東京生まれ。国際基督教大学卒業。おはなしキャラバンの活動を経て、1985年よりタイのラオス難民キャンプで5年、ラオスで2年、子ども図書館活動に携わる。ラオスのモン族の民話・文化などの記録、また難民になったモンのその後の生活も追っている。東京外国語大学非常勤講師。著書『チューの夢トゥーの夢』『森と友だち川と友だち』『ラオスすてきな笑顔』『空の民の子どもたち』。



※テイスト・オブ・ラオス2007年4~7月号 No.9より転載