メジャーの面白さはここにもある。
7月31日のニューヨーク時間(東時間)午後4時は、トレードデッドライン。今シーズンの優勝を担うのか、それとも来年に、いやもっと先を見据えてチーム作りに入っていくのか、メジャー30球団の球団社長とゼネラルマネージャーの腕のみせどころとなる時期である。何しろ両リーグ30球団は、お気に入りの球団と自由にトレードが出来るのだ。皆がアッと驚くトレードもあれば、上手い補強で玄人受けするトレード、反対にどうしてそんなことをするのか、チームを壊さないでよ、夢を壊すのか、もう諦めたのか、なんていうのもある。「売り手」と「買い手」がそれこそ丁々発止の駆け引きで一喜一憂をする。
今シーズンのドジャースは、5月になって球団オーナーが交代するという異常事態。昨年のシーズンオフに各チームが補強をする中で、唯一人指をくわえてながめていなければならなかった。悪い噂のフランク・マッコートオーナーのもとだもの、フリーエージェントで補強をしようにも「お金」が無い。せめてものなぐさめにトレードをしようとしても、選手の持ち駒も無い。つらいねえ。エンゼルスの大型補強が決まるたびに、ドジャースのファンは、何時からこんなことになったのだと、嘆くしかなった。それが、5月になってマジック・ジョンソングループが新オーナーになると立場は一転、今度は「お金」がある。そして強いチームにしようという気持ちがひしひしと伝わってくる。幸いチームは。マット・ケンプの大活躍とドン・マッティングリー監督の人身掌握で、ナリーグ西地区の優勝を狙える位置に何とかつけている。そして今回のトレードデッドラインを迎えることとなった。
マッティングリー監督の補強の希望は「先発投手にファーストとサード」。なかなか希望は大きく出た。調達するのは「プロ中のプロ」と誰もが認めるスタン・カステン球団社長と「お金」が無い時代に上手に切り盛りをして形作りには秀でるネッド・GMのコンビだ。まずは、マイアミ・マーリンズからスター選手、ハンリー・ラミレス内野手と中継ぎのランディ・チョート投手を獲得する。ついでシアトル・マリナーズから昨年は抑えで活躍したブランドン・リーグ投手をさらっと獲る。後は先発投手とファーストだ。シカゴ・カブスのライアン・デンプスター投手の名前が候補者としてずっと点灯していたが、カブスの見返りの希望は「若手の有望株」。ドジャースは、この分野は弱いと以前から語っていた。このトレードは成立しなかった。そこで希望はかなわなかったものの、冷静にチームを見ればケンプとイーシアは揃っているが外野のレフトが弱いねとなったのか、最後の最後になってフィラデルフィア・フィリーズからショーン・ヴィクトリーノ外野手を獲得した。
ヴィクトリーノは、ドジャースタジアムでここ数年一番ブーイングを受けた選手と言っていい。何しろこのスタジアムではよく打つ。通算で3割2分。そして2008年と2009年ののナショナルリーグチャンピオンシップでは、いやらしいほどの活躍をした。勝てば何年ぶりのワールドシリーズかと期待するドジャースファンの気持ちをコナゴナにしてしまった張本人なのだ。そりゃあブーイングはでる。
2008年のシリーズ第三戦は、現在ニューヨーク・ヤンキースの黒田博樹投手が先発をして3回の表だったか、投球がヴィクトリーノの頭をかすめた。ヴィクトリーノは黒田に頭ではなく、どうせ投げるなら下を狙えと身振りでクレームをつける。一方の黒田は知らん顔だ。アメリカではぶっつけても謝らないから、当たってもいないのに何で、と取り合わない。このシリーズのハイライトのひとつだった。ロサンゼルスタイムスの名物記者ビル・プラシキーはフィラデルフィアの試合で、味方がデッドボールを受けてもぶつけ返さないドジャースの若手投手にあてつけるかのごとく、黒田の闘争心を褒めた。黒田は真の戦士だとも書いた。
今日の試合は12時10分からと早い。ヴィクトリーノはフィラデルフィアから朝早く移動。5時間以上は飛行機の中、そしてクラブハウスに着いたのは9時40分。着いたとたんに記者会見が始まったが、このハワイ生れの青年はよくしゃべる。記者たちが聞いたこと、聞かなかったことについておよそ15分間、しゃべりまくった。ここしばらく、こういう感じの選手はドジャースにはいなかった。面白いんじゃあないか。
2週間前、フィリーズがロサンゼルスに来た。試合で打席にたったヴィクトリーノが「どうしてこんなにブーイングを受けるんだろう」と聞いたら、すかさずキャッチャーのA.J.エリスが「2週間ぐらいしてドジャースのユニフォームを着ればブーイングはなくなるよ」と言ったそうな。
今日の試合、ドジャースの先頭打者にブーイングはなかった。