アルチに向かう。中学生の息子も夏休みということで、付いてきた。因みにP師妹は高校の教師と言うことで、夏休み中で在宅していたらしい。サンポーからアルチはそれほど遠くなかった。アルチの村に近づくと、小麦が収穫されており、何だかひどく懐かしい田園風景がそこに出現した。
この村はとても小さく、アルチ寺院周辺は狭い道しか通っていない。ところが西洋人を中心に大量の観光客が押し寄せており、車を停めるのすら難儀な状態である。ラモは我々に先に行くように命じ、駐車スペースを探す。中学生の先導で寺院を目指したが、更に狭い道を通って出た所は農家だった。彼もきっと何年も来ていなかったのだろう。頭を搔いて謝る姿が可愛らしい。
ようやく寺院に辿りつくと、ランチタイムの表示。1-2時は閉まっていた。ラモを探すと一番突き当りで我々を待っていたが、どうにも仕方がない。この付近は、これまでの寺院とかなり異なる。先ず規模が小さい。佇まいが古めかしい。これは観光客に好まれそうな雰囲気を持っている。
暇を持て余して座っていると、中学生がアプリコット(私にはプラムに思える)を木からもぎ、くれる。口に入れるとかなり酸っぱい。彼の家で食べたものとは大違いだ。その間にも続々と観光客が集まってきて、2時にはかなりの人数になる。
ラモは混雑するメインを避け、横にある3つの堂からは入ろうとするが、どうやらチケットを買わなければならず、メインに戻って行った。因みに尼僧はどこでも無料のようだ。中学生が先頭で入る。彼はきちんとした礼拝を行っており、流石と思わせる。信心が無ければ、付いては来ないだろう。
このお堂に入って、私は目を見張った。これまでいくつかの寺院へ行き、堂内の壁画を見てきたが、そこには全く異なる壁画が存在した。かなり暗いせいもあるだろうが、相当古いと言うこともあるだろう。そこには渋い曼荼羅が四方にくっきりと描かれていた。これは驚きである。日本のどこかで見たような既視感があったが、分からない。後でP師と話すと比叡山ではないかと言う。彼女も同じ感想を持っていた。
その後も2つの小さな堂に入り、最後にメインを見た。2つの堂の壁画は損傷がかなりあり、保護が必要に思えた。メインの堂は三層になっており、三体の大きな仏像が納められていた。いずれも写真は禁止となっており、自らの頭に刻むしかない。皆がなぜアルチに行け、と言っていたかは、十分に理解できた。
そういえば参観中にも雨が降ってきた。少しずつとはいえ、毎日雨が降るのはよいことだと思ったが、実は異常気象ではないかとの話もあった。昨日虹が出たのも、吉祥とも言えるが、昨年の洪水の再来を恐れる向きもある。自然とは難しいものだ。
P師の話の中にも、「世界中で人間が自然を破壊している。これは恐ろしいことだ。もっと自然と触れ合っていかなければいけない。」とあったが、全くその通りではないか。経済優先、便利さ優先はこの辺りで一先ず考え直さねばならない。
雨が上がると、空は真っ青になった。この景色は24年前にチベットのラサで見たあの青さだ。晴れやかな思いで、アルチを後にする。しかし駐車スペースは更にギューギューになっており、ラモは車を出すことが出来ない。最後は地元の若者が慣れた運転で窮地を脱してくれた。
サンポーで中学生を降ろし、そのまま岐路に着く。石ころだらけの高原や、道路工事の人々、そして相変わらず素晴らしい風景に目を奪われながら、車は進む。ラモは言う「最近ラダックには車が多過ぎる。昔に比べたら景色も損なわれている」と。ガソリン価格は日本より高いらしい。それでも急速に車社会になっていく。と言っても、高原の道に車が全く見えない風景を見ると、先ずは先進国が状況を改善すべきだとつくづく思う。今日の旅はこれまでの最長、8時間を超えて終了した。