チャンドニーチョックで降り、上に上がるとデリー駅がある。ここはコロニアル風の駅。雰囲気は良い。しかし人は多い。トイレはデラックストイレ、などという有料トイレが見られる。駅前の雑踏にはリキシャーがたむろし、チャパティなど朝ごはんを売る屋台が沢山出ている。しかしいくら探しても、ラール・キラーへ行く道を示す表示はない。
この辺が中国同様親切ではない。むしろわざと分からなくしており、リキシャーなどに乗せる作戦・・とも思えない。分からない場所に行くのに値段交渉も怖い。リキシャーと言っても昨日のオートと違い、自転車を足で漕ぐ、サイクルリキシャ-が多く見られる。ということは目標物は近いと判断できる?
一台のリキシャ-が近づいてきた。値段を聞くと20rpという。首を振るとすぐに次がやって来た。乗る気のない振りをしながら近づき、15rpで妥結した。動き出すとなかなか快適。しかし坂道では登りきらず、自ら押して動かしている。これは結構な労力。これで15rpはきつい労働だ。
運転するにいさんの後姿を見ながら、彼の人生を考える。今の日本ならとてもやってられないようなこの仕事、彼はどう考えているのだろうか。ここで数年頑張れば、オートリキシャーが買え、それからは楽な生活が出来る、などとはとても思えない。恐らくは一生涯、サイクルリキシャ-ではないだろうか。何だか老舎の「駱駝祥子」の祥子を思い出す。「現世は前世のカルマによりこんな人生だが、来世は違うぜ」などと思っているのだろうか。
10分ほどで、ラール・キラーに到着。にいさんは決められた15rpを受け取ると文句も言わずにさっさと立ち去る。代わりにおじさんが地図を売りに来た。普通なら見向きもしないのだが、地図が欲しかったので、買うことに。ところがそのおじさんの持っている地図は何とホテルなどで無料で配られる物。それに40-50rpの値段を付けている。信じられない。交渉により20rpまで下がったが買う気もなく、立ち去る。すると後ろからおじさんが10rpでいい、手間賃だ、という。確かに無料の物でもここまで持ってくるのだから、それぐらいはと支払う。
それを見ていたゲートの警備員が「お前、気を付けろよ。財布取られるぞ」と忠告してくれた。確かにそうかもしれない。ラダックでの生活から完全に抜け切れていない。誰が良い人で誰が悪い人が全く区別できない。中国ではなかった混沌を肌で感じる。