村に住む人々
到着すると日本語の出来るカンボジア女性が応対してくれた。聞けば、こちらの大学から香川県に2年間、農業研修に行っていたそうだ。ただ内容を聞けば、研修とは言っても実際には働きに行っていたと言っていい。日本は研修という姑息な名目で外国人を働かせている。このゆがんだ構造は改善した方がいい。
彼女は関空到着後、新幹線に一度乗っただけで、後日本国内の旅行も殆どせずに「研修」に励んだという。食事も日本食を食べ、特にうどんが美味かったという。そうして過ごして研修手当をため、2年後に帰国し、プノンペンに居るお母さんにその手当を渡したことが嬉しかったと言った。日本はもう少し何かを考えなければいけない。
またゲストハウスには何と日本人女性が住んでいた。既に3年ここに居るという。村の学校で日本語を教えている。これもまた凄いことだ。当初から5年計画で来ているが、なかなか思うようにはいかないという。翌日実際に授業を見学すると、7歳から11歳ぐらいの子供達が勉強していたが、直ぐには上達せず、また使う機会も限られるので難しいなと思った。この点を森本さんに聞くと、「日本人のお客さんが来た時、一言でも日本語を話し、会話することが彼らの財産」と言い、上手く話せることを目指してはいないようだ。
ただこのクラスで微笑ましかったのが、隣のクラスで1年生にクメール語を教えていた19歳の先生が、この日本語クラスでは子供達と一緒になって勉強していたことだ。これは実にすばらしい光景だった。
彼女は平日この村で暮らし、自炊している。週末はシェムリアップ市内のGHに泊まり、リフレッシュしてまた戻るという。この村には基本的に電気が無い。自家発電が点く時はいいが、そうでなければ如何に生活するのか。私もその夜、それを経験した。