鄭さんの歴史講義
夕方、「鄭さんが来てくれるぞ」と連絡が入る。鄭さん?そうか、午前中に農業局で会った専門家。魏さん達が連絡して私の為に呼んでくれたのだ。紅茶屋で会う。
福州の茶の歴史、それは花茶だという。ジャスミン茶の故郷、確かに彼はテレビのインタビューでもそこを強調していた。唐代には仏教の普及と共に花茶が使われ、北宋の時代には薬として珍重された。清の時代にも愛好され、西太后も愛飲した。1870年代、福州は中国の茶葉取扱いで最大となり、海外にも花茶が輸出された。当時福州には17もの外国領事館が存在した。日本も置いていた。
新中国後も80年代まで福州のジャスミン茶は高価な存在だった。だがその後鉄観音や岩茶の台頭もあり、価格が下落。元々高級ジャスミン茶は製造に非常に手間が掛かり、半年も掛けてやっと完成するため、価格が下がった今、茶農家が製造を敬遠している。彼の仕事は福州のジャスミン茶を復興することにある。またよいお茶が採れるのは北緯25-30度あたりであり、中国では福州、浙江省、湖北、四川が含まれるという。亜熱帯で雨量がそこそこ有るということか。
だが、何故福州の茶業は衰退したのか。港は使われなくなったのか。台湾茶との関係は。日本はどう関わったのか、などなど、聞きたいことが山ほどあったが、時間切れとなる。
夜は昨晩に続き、魏さん達と茶芸館見学。今回は湖の畔にあるきれいなお店へ。個室で優雅にお茶を頂いていたが、午後9時に魏さんは商談があると言って、出て行った。老板は本当に大変だ。