バスで爺さんと
墓地を後にして、広い通りに出た。タクシーで戻ろうかと思ったが詰まらないので、バスに乗ってみた。何台もバスは来たが、どれに乗ってよいか、遂にわからない。仕方なく来たバスの運転手に「MTR駅へ行くか」と英語で聞いたが、要領を得ない。もうどうでもよいと乗り込んでしまう。
すると、一人の爺さんが肩をたたき、「どこへ行きたいのか」と聞いてきた。どう見ても中華系だが英語が流暢なのでそのまま話し始めた。どうやらかなり先に駅があるようで、彼は何度も「もう少し待て」という。隣に座って話を聞く。
「シンガポールは狭いが便利さ」「既に定年になったが生活は出来るよ、小さいけれども家もあるし」「日本には行ってみたいが、旅行代金が高い。でもマレーシアやインドネシア、フィリピンぐらいなら、誰でも行けるよ」「時間が沢山あるから時々警備員の仕事をしている」などなど。
正直シンガポールの平均より下の生活水準の爺さんだと感じたが、それでも楽しそうに話す。この明るさが何処から来るのか、それは「小さいけれども家がある」ではないだろうか。シンガポール政府の定めたHDB制度、シンガポール人には住宅を供給するこの制度のお蔭でこの国の持ち家比率は83%と極めて高い。経済が発展し、不動産価格が上昇すると、一般庶民もそれなりの恩恵を被る仕組み。まるで株式投資で配当を貰うようなもの。まさにシンガポール人が経済の恩恵を受けており、家の無く家賃に苦しんでいる人が多い香港との決定的な差となって表れている。
途中工業団地のような場所を通る。爺さんが「昔は日本企業の工場もたくさんあったよ」と懐かしそうに話す。結局30分以上もバスに乗り、ようやく着いた駅は私が思っていたのと全く違う場所であり、街中へ戻るにはかなりの時間が掛かってしまったが、爺さんと話したことはシンガポールを理解するうえで実に重要だったと思う。