大揺れのフェリー
フェリーターミナルまで歩いて戻る。下りは楽だが、脚が笑う。ようやくフェリーがやってきた。それほど大きくはない。乗船者も多くはない。後で聞けば『沖縄の人は久高にはおいそれと近寄らない。神の島だから』と言われて、複雑な気持ちになった。よそ者だから、知らないから気楽に入って行ける場所もあるということだろう。
船はするすると岸を離れたが、そんなに沖に出るわけではない。さっきの御嶽から見てみも、久高は目と鼻の先だ。ところがこれが意外と時間がかかる。そしてなぜか船が物凄く揺れる。船酔い者も出るほど、厳しい揺れが続く。これが神の島へ行く洗礼なのだろうか。
30分後、船は時化など何もなかったように久高に入る。徳仁港と書かれている。およそ私とは縁のない文字だ。港には迎えが来ていた。今回お世話になる島の交流館の人だった。だが前回参加者は荷物だけ車に乗せて歩いていくというので着いて行く。
3. 久高島
イザイホー
港から歩いて数分で交流館に着いた。港近くには数軒の家があったが、皆平屋でゆったりとした南国風な造りになっていた。交流館は、この島で団体が泊まれる唯一の施設。ここで5日を過ごすことになる。歴史資料館なども併設されており、楽しみだ。
先ずはランチを。前日から乗り込んでいたA師夫妻と共にまた港へ戻り、その脇の食堂へ入る。この島には食堂も数軒しかない。刺身定食を食べる。合宿参加者が次々やってきて注文するので、店では大忙しとなる。
次のフェリーでやってきた参加者を交えて、合宿が始まる。この合宿は朝の瞑想、アーサナに始まり、インド哲学、ヨーガ理論などの講義が1日2回あり、夕方には実技もある。夜も講義などがあり、1日目一杯、まさに合宿なのである。ネットをする時間すらあまりなく、夜早く寝て、朝早く起きる、理想的な生活が送れるのが良い。
この日は夜、久高島の神の行事、イザイホーなどについてのDVDを鑑賞する。500年も続く神事であり、12年一度、久高島で生まれ育った三十歳以上の既婚女性が神女(神職者)となるための就任儀礼。この島がなぜ神の島と言われるのか、それが少しずつ分かってくる。ただ1978年を最後にこのイザイホーは開かれておらず、来年2014年のイザイホーも中止の可能性が高いと聞く。適齢の女性該当者がいないのだそうだ。神の儀式を人間の都合で変えることはできない。
部屋は畳の3人部屋。沖縄在住のNさんは何と私の大学の一年先輩と分かり驚く。そういわれてみればこの名前には聞き覚えもある。次々に同窓生の名前が飛び交う。しかも私が親しくしている人3人が、何とNさんと高校大学が一緒というのだから、ご縁は深い。ただ明日も早いのでシャワーを浴びてすぐに寝てしまう。