4.ダルハン
ヘビーな食事
ダルハンはモンゴル第二の都市。だがUBと比べるとかなり小さいようだ。ホテルに着き、すぐに食事へ。昼と夜の中間食、何というのだろうか。3時過ぎたこんな時間でも食事している人がいた。面白い。その人たちがスパゲッティを食べていたので頼む。すると出てきたのはものすごい量。スープもサラダもすべて大きい。とても食べきれない。満腹になる。
レストランを出て水などの買い出しに行く。そこから歩いて帰ることにした。何しろ腹が重い。少しでも減らさねば、と思ったが無駄なようだ。歩いていると建設現場が見えてくる。第二の都市もやはり建設ラッシュ。『誰が投資しているんですかね』と地元の人に聞くと『朝青龍じゃないの?』と笑われた。
結局その夜は何も食べずに寝ることに。ところがなぜかホテルの外で深夜までウルサイ音楽を流して何かしている。若者が騒いでいるのかと思ったが、どうやらBBQか何かの野外営業らしい。そんなに遅くまでお客がいるとは思えず、もっと早く止めて欲しかった。何しろこちらは腹一杯で、それでなくても寝付けないのだから。
8月19日(月)
中国に圧迫されるモンゴル企業
翌朝はダルハン県庁を訪問、県知事と面談した。さすが第二都市の首長、忙しいそうだ。面談中に大統領から直接電話が入るなど、これからのモンゴルを背負う指導者の一人なのだろう。
それから突然製鉄所に向かう。こんなところに製鉄所があるのか。何と日本のODAで作られたらしい。さすがに大規模な工場、入るのにチェックが厳しい。1993年に生産を開始、2003年にODA支援が終了。それ以降は自力で生産している。現在従業員は1600人余り。モンゴルとしては大きい。
説明してくれた工場長は生産開始から今日まで、この工場の全てを知っていた。恐らくモンゴルでもっとも製鉄に詳しい人なのだろう。その苦労、苦悩が話の随所に表れていた。『もうすぐ定年です』という言葉が妙に重い。
工場見学もさせてもらった。熱い鉄が流れてくる。26年前、上海留学中に宝山製鉄所を見学した日を思い出す。日本の技術がアジアで使われている素晴らしい光景だった。これからは一層技術革新がなされていくだろう。原料となる資源はモンゴルにあるのだから。ただ中国から安い鋼材が入ってくる。この競争に打ち勝たないと、企業はやっていけない。
財閥系セメント工場にも行った。ここの責任者若く、英語を話した。シンガポール留学中にスカウトされ、シンガポール企業のモスクワ事務所で働いた。最近戻ってきてここにいると。中国より安いセメントがどんどん入ってきて、価格競争が起こり、厳しい状況だ。グループ企業ですら、安い方から買っている。
中国系企業はセメントを前渡し、代金は6か月後でよい、といったファイナンス付で市場をかく乱している。『中国から圧迫されるモンゴル』という図式が見えてきた。価格競争では大量生産の力に負け、付加価値の高い製品作りには技術が伴わない。中国経済が減速していくと、更に中国企業からの圧力が強まりそうだ。