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(2)ホテル

懐かしのヘーホー空港。ここもきれいになっていたが、大きな変化はなかった。出口を出ると懐かしい顔が待っていた。TAM、私のベストガイドだ。既に仕事というより友人だろう。そしてあの癒しの並木道も健在。空気が美味い、風が良い。車は観光用の数台しかない。ここは変わっていない。ヤンゴンではない。







早速空港近くのお馴染みレストランでシャンヌードを食べる。ウマい。何も変わっていない。何と驚いたことに7年前と料金も変わっていない。ミャンマーはヤンゴンだけが異常に発展し、他の地方は変わっていないことが分かる。車は本当に走っていない。時折、馬車が通り、バイクが通過する。ミャンマーの地方には車社会は到来していない。




ニャウンシュエに向かう。TAMはいつも何か新しい企画を持っている。今回は何と温泉の出る家に連れて行かれる。その付近は長距離トラックの休息所で、運転手が体を洗ったりしているらしい。新しい井戸を掘ったところ、温泉が出たと言うのだ。確かに昔インレー湖の近くで温泉に入った記憶があり、それほど意外でもない。だがまだ整備されている訳ではなく、地元の人が入るぐらい。何となくもったいない。




今日のお宿はニャウンシェエにあるゴールドスターという小さなモーテル。何となく居心地が良い空間。ちょっとリゾートな雰囲気。これで30ドルであれば、ホテル代はヤンゴンだけが高いと言うことが分かる。ただネットは繋がらない。





 

6月22日(金)  2.ニャウンシュエ   (1)空港

今日は朝からシャン州へ向かう。朝5時に起きて6時前にホテル出発。これは以前の3回とほぼ同じだ。TTMが送ってくれる。SSは韓国旅行の疲れか姿を見せない。空港も国内線は以前の古い空港。何となく懐かしい。




7年前はミャンマー航空、エアマンダレー、ヤンゴン航空などがほぼ一斉に6時台に出発した。恐ろしいのが、どの飛行機に乗ればよいかが全く分からないこと、そしてその行先は乗るまで分からないこと。外国人は胸に各会社のシールを張っていた。英語のアナウンスは国内線にはなかったのだ。当然ヤンゴンがこれだけ変われば、空港も変わっただろうと思うと、そうではなかった。国内線は相変わらず、搭乗機不明。イチイチ誰かに聞きに行かなければならない。ただ聞いた人は親切に答えてくれる、でも出発時間を正確に把握する人は少ない。

また昨日チケット貰った段階ではヘーホーに先に行くと言われた我がエアバガンのフライトだが、チェックインするとマンダレー→ヘーホーの順に変わっていた。慣れているからよいが、初めての外国人はビックリしてしまう。偉い人、政治家やお坊さんが乗ると、その人の行き先が優先されると聞いたが、今でもそうなのだろうか。ヤンゴン、マンダレー、バガン、ヘーホーのルートは巡回ルートで、必ず順番に回るので行先変更ではない。巡回経路が変わるだけ。でもね。




待合室の一角にお揃いのポロシャツを着た人々がいた。どこの団体かと訝しんだが、何と西ミャンマーで起こっているロヒンギャ族と仏教徒の抗争の医療の為に派遣される医師団らしい。この問題は、詳しくは分からないが、昨年訪れたミャンマー国境付近のバングラディシュで難民キャンプを訪れたことを思い出す。イスラムの圧力を恐れるミャンマー、これは一過性の問題ではないが、この件について、きちんと理解し、大局的に報道している日本のマスコミを知らない。

 

 

ほぼ定刻に我がエアバガンは搭乗となり、出発した。以前のプロペラ機ではなく、きれいなジェット機。客室乗務員の対応も極めてよく、英語もきれいに話す。朝食として出たパンとフルーツも美味しかった。サービスは向上している。だが、料金は国際線より高い。どうにかならないだろうか。





 

(8)日本企業のミャンマー対応

夜は大学の後輩を紹介されていたので、会いに行く。インヤーレイクの湖畔に立つ瀟洒なレストラン、「オペラ」。ここは元々日本の大手商社の支店長宅だったとも聞く。こんな所へ来てしまってよいのかという雰囲気。中へ入るとキャンデルの火が鮮やかで、シックな感じ。ただ予約は見付からず、一番奥で待つ。約束の時間を過ぎても来ないのでおかしいと思っていると、あちらは別の場所で待っていた。後輩一人だと思っていたが、その上司も一緒だった。




その上司は以前上海勤務の経験があった。昨今のミャンマーブームで急に増員になり、ミャンマーへやって来て1か月。この組織では駐在員は従来後輩Mさん一人だったが、何でも今年3人を増員したとか。そんな急に増員するほど仕事はあるのか。


「毎日数組の日本からの視察を受けている」、今年に入ってからずっとそのような状態だそうだ。しかも日本から来る人々は殆どがミャンマー訪問初めてで、当然日本のマスコミ報道の情報しか持っていない。「聞いてきた話と違う」、ミャンマーの実情を話すと多くの視察者が同じことを言う。あなたは一体何を聞いて、何のために来たのか、と聞きたいぐらいだと言う。

日本企業はおかしいのでは、とある欧米企業社員に言われたことがある。その国に進出する場合、普通はその地に精通している人を雇い、現地事情を十分把握し、事業の可否を見極めるのだが、日本では「その国に始めて来るような人に調査をやらせる」「有り得ない」という。その通りだろう。あれだけ中国リスクを語る人々がいて、素人がミャンマー調査をして、事業企画を練る、あり得ない話だ。

オペラ、でスパゲッティを食べ、ピザを頬張りながら、そんな話をした。日本の不思議さ、は今や世界の常識だろう。日本が出てきたら、マーケットはピークアウト、だから日本のエアラインが直行便を飛ばした頃がミャンマーブームのピークアウトではないだろうか。

 

11月23日(金) バンコックでスーパー銭湯へ行く

バンコックの宿泊先の直ぐ近くに2か月ぐらい前にオープンしたスーパー銭湯。あることは知っていたが、行く機会はなかった。ところが約束をしていたIさんの仕事が早く終わり、宿泊先まで来てくれることになり、そして銭湯へ連れて行ってくれることとなった。




外見は日本と同じようだ。入り口を入ると明るい。そして客層はタイ人の若者が多い。ある年齢層以上のタイ人はお金があってもここには来ないのだろう。居酒屋あり、カフェあり、ネットしている若者もいる。オーナーはタイ人で、日本の銭湯好きが高じて営業を始めたらしい。入浴料450バーツ。受付を済ませると、次は履物を脱ぎ、サンダルに履きかえる。そうして浴衣(丹前?)を貰う。この浴衣、結構厚手。タイのクーラー事情から、このような厚手になったと思われるが、ちょっとどうかな。




浴室は銭湯のようになっており、洗い場の向こうに湯船、ジャグジー、水ぶろなどがある。スチームサウナもある。更に露天ではないが、ドアの向こうには温室のような場所があり、浴槽とサウナ、丸い一人用の浴槽まである。開業したばかりということもあるが、きれいである。お客さんはタイ人の方が多かったが、裸で入ることにも抵抗はなく、騒ぐ人もおらず、実に日本的な雰囲気がした。日本で温泉などを体験した人や日本の習慣に慣れている人々がここの主要顧客であることが分かる。


風呂から上がると居酒屋へ向かい、冷えたビールで乾杯する。日頃それ程お酒を飲まない私でもこの1杯は美味いと感じる。この居酒屋は九州系のようで、この銭湯にテナントとして入居している。

Iさん曰く、「バンコックで銭湯につかり、冷たいビールが飲める日が来るなんて、夢のようだ」。確かにリラックスにはちょうど良く、これは使えるかもしれない。同時にこの店が流行るかどうかが、タイの日本ブームの一つのチェックポイントかもしれない。

 

(7)ミャンマーの教育は

ホテルへ戻り、またスートラベルへ。TTMが是非会わせたい人がいると言うので出掛ける。Tさん、建設関係のお仕事をしており、既に定年退職。現在はヤンゴンに住み、ヤンゴン情報を発信すると同時に、学生支援のボランティアなどをしている。

昨今の日本でのミャンマー報道にはほとほと呆れていると言う。スーチーばかりを取り上げ、工業団地ばかりを取り上げる。何か違うだろうと、訪ねてくる記者にもいうのだが、一向に改まらない。ミャンマーを過大評価したり、改革はスーチーがやっていると言う間違った報道を平気でするマスコミに嫌気。毎日何種類ものミャンマー地元紙を読み、また実際の現地の人々と話し、その動静の細かい所を探り、真のミャンマーの動きを伝えている。

大学生の就学支援をしているが、最近大学を辞めてしまう子が増えている。折角奨学金を出したのにと、調べてみるとミャンマーの教育の荒廃が目に余る。先生が学校で物を教えない。勉強したい人は先生の私塾へ行く。この構造は先生の給与が少ない他の東南アジアでも聞いていたが、まさか大学まで。単位が取れず卒業できないため、専門学校などへ流れるらしい。




「豊富で安価、優秀な労働力」を謳い文句にするミャンマーの現実、本当に勉強したい人でお金があれば海外へ出ると言う。一般人の教育レベル低下が懸念される。同時に就学支援などの仕方も変えていかなければならない。この国はまだまだ問題山積だ。


 

(6)買い物

Oさん達と別れて、トレーダーズホテルの裏を歩く。新聞スタンドを何気なく見ると、ズラッと並んだ新聞の一面はどれもスーチーさんだった。7年前、「スーチー」という名前を囁くことさえ、公には憚れ、「あのおばさん」などと呼んでいたあの人が、今や堂々と新聞の一面だ。またちょうど彼女はヨーロッパ外遊中。24年ぶりにイギリスを訪れた所だったので、話題性は高かった。それにしてもミャンマーのマスコミは如何に変わったのか。以前は20年以上前の中国と同じく、リアルタイムの報道などなく、偉い人がどこかの国の大統領と会ったなどと言う内容を延々とやっていた。




先ずはヤンゴンの地図を手に入れることにした。だが本屋さんでもミャンマー語しかないと言う。もう1軒訪ねると、何とか英語版が見付かった。まだまだこの国は個人観光客の受け入れ態勢が無いような気がした。




そしてどうしてもミャンマー滞在中必要な物、それはサンダルだ。基本的にミャンマーでは靴を履かずにサンダルを履く。お寺へ行ったら必ず靴を脱ぐので、サンダルが便利だ。飛行機に乗る時もサンダル履きで乗る人がいる。私も以前やってみたが、案外気持ちが良い。そこそこいいサンダルを履かないと足ずれが起きて痛いので、探すがなかなか良いのが無い。ようやく3000チャットでいいのがあった。もう少し値切ればよかったと後悔したが、そのサンダルはかなり長持ちで今でも履いている。


ホテル前に戻ると雨が急に降りだす。どうしようかと思っているとタクシーが前を通りかかったので、乗り込む。この運転手は英語が出来た。それでも住所だけでは我がホテルは分からない。SSが書いてくれた地図を渡すとOKと言って走り出す。料金は2000チャットで前と同じ。




このタクシーは中国製。奇瑞のQQという小型車だ。何でも6000台ぐらい中国から入って来たらしい。運転手は日本車を買いたいが高い。先ずは中国製で儲けから考えるとのこと。ここヤンゴンではトヨタの中古車が圧倒的と思えるシェアを持っているが、最近は新興国の車が入り込んでいる。現代は既に相当数ある。タタも狙っている。

 

11月21日(水) 和僑会例会に参加してみた

スリランカから戻った翌日、和僑会に参加した。和僑会は香港が発祥、海外で頑張る日本人起業家の会。最近は何故か東京にも和僑会が出来て、ちょっと違和感あるが。バンコックでは和僑会関係者との交流があり、朝の読書会にも参加したことがあるが、例会は初めて。今回の会場は何とオープンテラスの和食。ビアガーデン状態の中、そこに20名以上の参加者が集い、ワイワイガヤガヤ。これは如何にもタイの和僑会ならでは。何とマイクを持ち込み、メンバーがお話する場面も。




参加者は会員とは限らない。タイで起業している人が中心ではあるが、日本から来た人、中国での経験がある人、そして私のように何でいるのか分からない人まで、暖かく迎え入れられ、何ともおおらか。実際に様々な人とお話をしたが、タイ情報に精通している人から、タイでの節税を訴える人、これからバンコックで飲食業をする若者、通販をしている人など、それはそれは幅が広い。先ずは基礎的な情報はこのような場で交換し、進んで行くのだろう。




和僑会には日本では感じられない力強さ、前向きな姿勢が大いにある。日本以外での人生を選択した(または選択しようとする)人々は、個々に苦悩しながらも、個々に輝いて見える。

和僑会の総会は現在シンガポールで開催されているようだが、来年は世界の和僑がバンコックに集う予定とか。何となく覗いてみたい気がする。

 

(5)ヤンゴン現地事情

ホテルへ戻り、着替えてから出掛ける。これまでは全てTTMかSSが付いてきて、何でもしてくれたが、これからは一人で行動しないといけない、と思い、敢えてアテンドを断る。だがヤンゴンの交通手段はバスかタクシー。バスに乗れるほどの知識はなく、先ずはタクシーに乗ってみる。初めての体験。ドキドキ。




ホテルの前のタクシーに声を掛け、「さくらタワー」と言うと「2000チャット」といわれて乗り込む。実に呆気ない。タクシーの旧式のトヨタ。きれいとは言えないが、悪くはない。ホテルからさくらタワーまで30分近く掛かった。結構遠いのだな、と初めて実感。そしてさくらタワーの周囲の車の多さにこれまた実感。ヤンゴンは実に車が増えた。


  

旅行会社の日本人Oさんを訪ねた。15年前からヤンゴンに住み、旅行業をやっているが、今年に入ってからの異常なまでの出張者の多さ、ホテルの異常な値上がり、これまでには考えられない。向かいにあるトレーダーズホテル、以前は1泊50ドルだったが、今では250ドルとか。流石に泊まる人が減ったので空いているらしいが、ホテル側は強気だ。

これまでのミャンマー旅行と言えば、戦争中にこの地で亡くなった日本兵を偲ぶ家族の慰問だとか、戦争でミャンマーに世話になった人々が恩返しに訪れるなどが主流だったが、最近はその人々が高齢化し、観光客は減っていた。今年のこの騒動で、観光客は更に激減した。ヤンゴンのホテルは不相応に高く、国内線の料金も国際線並みに高い。他のアジア諸国へのパッケージ旅行と比べて、全く見劣りするらしい。

ランチには近くのカフェでミャンマー人と結婚したIさんも参加してくれた。Iさんのご主人一家はミャンマーでは上流階級に属するようで、色々と面白い話が出て来た。中でも親族にスーチーさんの熱狂的支持者の女の子がおり、皆で止めても辞めないなど、今のミャンマーの現実そのものだ。スーチーさん、以前は人気が無かったが、昨今の西側との融和はスーチーさんが作り出し、国内改革もスーチーさんがやっていると信じる若者が出て来ている。これは初めて聞く衝撃的な事実だ。この盲目的な支援者が次の火種になりかねない、そういうことだろう。




その他、最近はやはり寿司を一家で食べに行くとか、カフェが流行っているとか、本当に現地情報を得ることが出来た。勿論現地に住む人々にとってミャンマーが良くなることを願ってはいるが、世の中そう簡単ではないことぐらい、十分承知といった雰囲気があり、だからこそ、日本の訳の分からないミャンマーブームなるものが一過性で終わることを危惧している。

 

ご縁を頂いている皆様へ

この度一時的に東京に戻ることになりました。

突然ですが、この機会を利用して「寺子屋ティーサロン」

アジアほっつき歩る記報告会を開催したいと思います。

今回はトルコ、スリランカ及び湖南省のお茶事情、

ビジネス事情などを中心にご報告します。

また現地で入手したお茶も飲んでみたいと思っています。

年末でお忙しいと思いますが、この機会に皆さん、是非ご参加ください。

・日時    12月9日(日)午後2-4時半

・場所    千歳烏山(京王線)

・発表者   須賀 努(アジアンウオッチャー)

・演題    「アジア各国最新事情」

・参加人数  10名程度(参加受け付けは先着順)

※5名以上参加で開催します

・参加費用  2,000円

参加可能な方は早めにご連絡ください。お待ちしております。

今後この案内が不要な方もご連絡ください。

須賀 努

http://www.yyisland.com/yy/terakoyachina/(寺子屋チャイナ)

 

(5)スートラベル

朝食が終わるとTTMが迎えに来た。歩いて数分で彼らの家に着く。以前のオフィスとはそう離れていないらしいが、ここが何処か結局わからない。全てはTTM主導で進む。今度の家(オフィス)も一軒家。車が停められる庭もあり、家の中も広い。




SSが眠そうにPCに向かっている。最初に会った時は確か19歳、では今は「25歳」といきなり答える。何だか計算が合わないが、永遠の25歳ということにしよう。このオフィスには何とWIFIが設置されていた。勿論信号が弱い時は繋がらないが、私のPCでやってみても繋がった。今やTTMとSSの仕事、旅行業、ガイド業はネットなしでは始まらない。時代は変わった。




携帯電話も頻繁に使う。以前はオフィスの電話兼Faxで何でもやっていたのに、隔世の感がある。ヤンゴンの人はみんな携帯を持っていると錯覚するほど、普及しているように見える。

私が彼らと連絡を取らなかった間、随分と色々なことがあった。リーマンショック、国内暴動、スーチーさんの復帰。国内暴動で日本人が打たれて亡くなった後、日本人だけが企業も個人も誰も来なくなった。日本語で商売しているミャンマー人にとっては致命的な打撃だっただろう。かなり苦労したようだが、その辺は敢えて語らない。

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